僕が死んだら、

★9人

★50分くらい

★あらすじ・・・交通事故で意識不明の重体になった蒼。果歩は彼の為にお見舞いに来るが、携帯の留守電を再生してしまい、彼の本性を知る・・・胃がんのカメラマン、悟は自分の体より仕事が大事、だが彼女の亜美はそんな悟を心配しており・・・自称癌患者の男、熊野は話相手を探し、院内をウロウロ・・・病院を舞台に、からみ合う人間関係の物語。

【登場人物】

大江 悟   フリーのカメラマン、胃がん患者。

熊野 浩二  自称癌患者

森下 果歩  カフェ店員、蒼のお見舞いに来る

冴島 蒼   交通事故で意識不明となる。

前田 亜美  悟の彼女

北見     清掃業者。

堂嶋     医者

竹林     看護師

松井     看護師

本編スタート

暗転の中、雨が降る音がしている。車の走る音など雑踏を感じる音響

車の急ブレーキ音の後、何かに衝突したような音。

救急車のサイレン音。

心電図音

明転(心電図音は消える)

病室にて顔や体が包帯だらけの蒼がベッドで寝ている。

果歩、堂嶋から説明を受けている様子。

果歩 :・・・ごめんなさい、もう一度、いいですか?

堂嶋 :はい、冴島さんは、車に跳ねられた際、全身を強打してます。

   :それで数か所骨折などの損傷が見られていますが、中でも頭部の損傷が激しく、頭がい骨骨折による脳挫傷が認められます。

   :それが、意識不明の原因となってまして・・・おそらく意識が回復することは、難しいかと・・・

果歩 :本当なんですか・・・

堂嶋 :はい、万が一回復したとしても、何らかの後遺症が残るかと・・・

果歩 :なんで、こんな事に・・・

堂嶋 :冴島さんは、赤信号にもかかわらず、道路に飛び出したと聞いたのですが、

果歩 :はい

堂嶋 :どうして、そんなマネを・・・何か、思い当たる事はありませんか?

果歩 :分からないんです・・・蒼(そう)くん、いきなり飛び出して、私の目の前で・・・

堂嶋 :落ち着いてください、私どもも、最善を尽くします。

果歩 :よろしくお願いします。

竹林 :森下さん、急ぎではないですが、事務の方で入院の手続きをしていただきたいのですが

果歩 :はい

竹林 :入院の際、最低でも一人、保証人が必要になりますが

果歩 :私、なります。

竹林 :失礼ですが、冴島さんとのご関係は?

果歩 :え、あ・・・恋人です。

竹林 :では1階の入退院センターにて手続きになりますので、よろしくお願いします。

果歩 :はい

堂嶋、院内用のPHSが鳴る

堂嶋 :おっと、はい、はい、今行きまーす。すみませんが、また急患が

果歩 :はい、

竹林 :何かあったら、ナースコール鳴らしてください。

果歩 :はい、ありがとうございます。

竹林 :失礼しました。

堂嶋、竹林退場

果歩 :蒼くん、かわいそう・・・何で、こんな・・・

蒼のスマホが鳴り、少し経ってから切れる

果歩 :どうしよう・・・でも職場とかだったら・・・ごめん、蒼君。

スマホを見る

果歩 :うわ、着信いっぱい・・・留守電まで(蒼をみて)ごめんね

留守電を再生する果歩

ルスデン :おい、お前何やってんだよ、早く来いって、今日けっこう可愛い子来てるぞ。まぁ一人、ちょいブスなヤツいるけど(笑)あと10分で来なかったらお前ちょいブス担当な

ルスデン :あ、渡辺です。急にごめんなさい、いよいよ明日かと思ったら、何か落ち着かなくて、電話しちゃいました。企画が通ったら、冴島さんの横浜へ栄転の話、ほぼ確定ですもんね・・・大変かと思うけど、私も精一杯サポートします。それに・・・ご褒美にデートしてくれるって話、楽しみにしてます。じゃ、また明日。

ルスデン :冴島さんのケータイでしょうか?わたくしDHファイナンスの佐藤と申します。今月分の返済がまだでしたので、そのお知らせでした。お時間ありましたら、折り返しお電話ください。

ルスデン :蒼君、何で電話くれないの、私のラインもブロックしたでしょ・・・何で・・・空いてる時でいいから、いつでも連絡ちょうだい。私、蒼君の事、本気だから。

ルスデン :ぴ、ぴ、ぴ、ぽーん。ただいまをもちまして、あなたはちょいブス担当決定でーす。・・・っておい!どんだけ遅刻するつもりだよ!ラインも未読無視か!早く来いって!

ルスデン :あんたさー、いい加減にしなよ。まだお金返してないの!?ミヤだって、あんたの事信じて貸してあげたんだよ、なのにする事しといて、飽きたらポイ?サイテーだね。あんたさ、人生なめてるでしょ?そのうちバチあたるんじゃない?

果歩 :・・・。

暗転

明転

病室にて悟、亜美が竹林に入院の説明を受けている。

竹林 :こちらのTVはTVカードを差し込んで使えるようになっています。TVカードはナースステーション前の券売機か売店で売っていますので・・・

   :あとは洗濯物は業者の方が病室まで回収に来ますから、その時に出す形になります・・・まぁこんなくらいですかね。もし何か分からない事があれば声かけてください。

悟  :はい、ありがとうございます。

竹林 :あ、あと事務の方からなんですけど、入院申込書の保証人の欄で続柄のところが空欄になってたんですが・・・

亜美 :あ、はい。

竹林 :お二人のご関係は?

亜美 :え、あ・・・恋人・・・です。

竹林 :でしたらパートナーと記載して、事務の方に提出してください。(書類を渡す)

亜美 :分かりました。

竹林 :では、失礼します。

竹林、退場

一人にやにやする悟

亜美 :何?

悟  :恋人です・・・(笑)。

亜美 :・・・。

悟  :恋人です・・・(笑)

亜美 :しつこい

悟  :照れんなよ。事実じゃん。

亜美 :事実?

悟  :うん。

亜美 :よく言うよ、2か月以上も音信不通だったくせに。

悟  :え?そんなに?

亜美 :恋人にこんな仕打ちありえる!?

悟  :ごめん、でも知ってるだろ、俺、撮影で南米行ってたんだよ。

亜美 :今まで海外で撮影あっても、絵葉書くらい送ってくれてたじゃん?

悟  :まぁ・・・

亜美 :それすらないってどういう事?

悟  :・・・。

亜美 :まだ、怒ってんの?

悟  :え、何が?

亜美 :私が合コン行った事。

悟  :怒ってねぇよ。

亜美 :だったら何で放置していたのよ?

悟  :いや、それは・・・

亜美 :だから言ったじゃん、人数合わせで参加しただけなのに、いつまで引きずってんの?

悟  :確かに、絵葉書も送らなかったのは悪かったよ。

亜美 :しかも電話してもラインしても全然つながらないし。

悟  :あ、それはケータイ代払ってなかったから

亜美 :もう何なの!?

悟  :しょーがねぇだろ、渡航費がかさんで金なかったんだよ!

亜美 :勘弁してよ、しばらく音信不通で、やっと連絡来たと思ったら・・・何よ、癌って・・・。

悟  :・・・何なんだろうな?

亜美 :・・・

悟  :大丈夫だって、早期発見だし、ほら、手術で胃の2/3を切ってしまえば治るって。

亜美 :そんな軽く言わないでよ・・・。

悟  :まぁ、告知されたときはショックだったけど・・・胃の不調が続いてて、胃カメラ飲んだら、胃癌ですっていきなり言われて、あの後どうやって家に帰ったか覚えてないもん

亜美 :実家に連絡した?

悟  :いや

亜美 :連絡してないの!?

悟  :ああ。

亜美 :・・・まだ、喧嘩中?

悟  :喧嘩っていうか・・・いいんだよ、ほっとけって。

亜美 :こんな時くらい、知らせてあげないと。

悟  :どーせ、「カメラマンなんてやってるから体壊すんだ」「辞めて実家に戻れ」なんていうのがオチだよ。

亜美 :分かんないけど、悟の事、心配するハズだよ。

悟  :どーだか、俺の事、跡継ぎくらいにしか思ってないんだ、あいつら。

亜美 :そんな・・・

悟  :創業150年、明治から続く老舗旅館を受け継ぐための歯車。あの人達にとって、俺なんかそんな存在だよ。

亜美 :そんな事言ってないでさー、せめてお母さんには連絡してあげてよ。

悟  :あーわかった、それよりさ、今月末、空いてる?

亜美 :何かあんの?

悟  :コンテストの写真撮りたいから、亜美モデルやってくんねぇ?

亜美 :この状況でコンテスト出るの?

悟  :大丈夫だ、退院したらちゃちゃっと撮るだけだから

亜美 :ちょっと、そんな事やってる場合?ちゃんと休まないと。

悟  :大丈夫だって。

亜美 :あんたって・・・

悟  :だめ?

亜美 :うん、療養してほしいし、モデルも他をあたって。

悟  :えー何で?

亜美 :モデルなんて、とっくに辞めたし。

悟  :もったいない・・・

亜美 :そんな、たかが、フリーペーパーの読モやってたくらいよ?

悟  :俺はけっこういけてると思ってたけど。

亜美 :ありがと、あれは学生時代の記念みたいなもんだから。

悟  :そっかー。

亜美 :ねぇ、いつまでカメラマンやっていくつもり?

悟  :え、ずーっとだよ。

亜美 :でも、悟、フリーだから、収入安定してないし生活だってぎりぎりじゃん?癌まで見つかったし、ちょっと考えた方がいいんじゃ

悟  :俺だって、何も考えてえない訳じゃないぜ。カメラマンの募集かけてる企業に面接受けたりしてたし。

亜美 :どこ受けたの?

悟  :広告代理店

亜美 :ふーん。

悟  :落ちたけどな。

亜美 :・・・。

悟  :お前が合コンした相手と同じ会社。

亜美 :え

悟  :だから、余計腹立って、ムキになってたんだけど・・・

亜美 :そうだったんだ・・・

悟  :いや、いいよ、終わった事だし・・・何もなかったんだろ?

亜美 :うん

悟  :何?今の間

亜美 :え?別に。

悟  :え?お前まさか!

亜美 :違うよ、何もなかったって!

悟  :ほんとか!?

亜美 :ほんと!

悟  :・・・あやしー

亜美 :何よ!信じてくれないなら、保証人になってやんないから。

悟  :それは、困ります・・・

亜美 :はい!じゃ、この話題はおしまい!じゃ、私帰るから、ちゃんとお母さんに連絡するんだよ。

悟  :おう・・・

亜美 :じゃ、また

亜美 退場。

悟  :ずっちーなー・・・。

暗転

心電図音

明転(心電図音は消える)、蒼の病室にてDr回診中。果歩、堂嶋、竹林がいる。

堂嶋 :昨日よりは状態は安定してますね。

果歩 :そうですか

堂嶋 :夕べは寝れました?

果歩 :あんまり・・・

堂嶋 :まぁ、無理もないですが、自分の体を第一にしてください。

果歩 :はい、ありがとうございます・・・あの、

堂嶋 :何でしょう?

果歩 :私、何かできる事はないでしょうか?お見舞いに来てもただ見てるくらいしか・・・

堂嶋 :そうですね、話しかけてあげてください。

果歩 :話しかける?

堂嶋 :意識障害の患者さんにとって、声をかけ続ける事が、有効な治療と言われてますから。

果歩 :分かりました。

堂嶋 :ではお大事に。

竹林 :お大事にしてください。

果歩 :ありがとうございました。

堂嶋 竹林、退場

果歩 :・・・話す事なんて、山程あるけど。

椅子に座り、蒼に話しかける果歩

果歩 :分かっていたよ、蒼君が他の女の子とも遊んでるって、気づいてたんだから。

   :まぁムリもないよね、蒼君かっこいいし、女の子はみーんな、蒼君の事、好きになっちゃうもん。ある意味、モテる彼氏を持った彼女の宿命だと思ってる。

   :でもね、これだけは知っておいてほしいの。蒼君のこと、一番好きなのは私だよ。私ね、蒼君の借金かわりに返しておいたから・・・あ、あげた訳じゃないよ、いずれ返してもらうけど・・・他の子はここまでできないよね。気にしなくていいよ、本命の彼女の務めだから。

果歩、蒼のスマホをいじり、留守電を再生する

ルスデン  :冴島くん、何で電話に出ない!?無断欠勤なんてありえないぞ、君、何年目だ!?それも、よりによってこんな大事なコンペの日に!冴島くんの替わりに今立君がプレゼンしてくれたから問題にはならなかったが・・・もし、このまま謝罪がないようなら、こっちも考えがあるからな。

ルスデン :渡辺です。冴島さん、どうしたんですか?あんなに自信あったのに、部長カンカンですよ?なるべく早く謝った方がいいですよ・・・

果歩、途中だが、留守電を切る

果歩 :いいよ・・・会社辞めても、働かなくても、私が養うからさ、ゆっくり療養しな?

果歩、蒼の手を握る。

蒼、果歩の手を払いのけるような動作をする。

面会終了のアナウンス

アナウンス:お知らせいたします、当院の面会時刻は、午後8時までとなっております。地下駐車場は、午後9時から、翌朝8時まで出入りが出来なくなりますので、ご了承ください・・・

果歩 また、来るね。

果歩、退場

北見 :失礼しまーす・・・失礼しまーす・・・?

北見登場。意識のない蒼を見て、納得する。

ごみ箱を見て、何もなかったのでそのまま退場。

竹林、登場。

竹林 :失礼しまーす。

蒼の点滴交換をする。

松井(私服)登場。

松井 :おつー

竹林 :あれ?松井さん。

松井 :今日夜勤?

竹林 :はい

松井 :私、さっきあがったとこ、どう?忙しい?

竹林 :相変わらずですよ、毎日ばたばた。

松井 :だろうね(笑) 

竹林 :もう、松井さん異動してから寂しいですよ。

松井 :まじー?

竹林 :どうです?精神科病棟は?

松井 :ここよりは落ち着いてるけど、最近は熊野君ぐらいかな、面倒なの。

竹林 :あー熊野プー。

松井 :そう、プーの野郎、徘徊しまくるからさー、違う病棟の患者にからんでクレーム来るわで大変。

竹林 :うちの病棟にも来てるっぽいですよ。

松井 :まじー?ごめんねー。でもこっちもあんまり厳しく注意できないんだよね。

竹林 :まぁ、そうですよね。

松井、蒼をのぞき込む

竹林 :そう言えば、何で、この病室に?

松井 :あのねー、こいつ知り合いなの。

竹林 :えーそうなんだ。友達?

松井 :全然!前にね、飲み会で知り合っただけ・・・オーダリングで名前上がってきた時、まさかとは思ったけど・・・あーあ、キレーな顔が台無し。

竹林 :え?そうなんですか?

松井 :うん、顔はジャニーズ系

竹林 :へぇー

松井 :顔だけよ、他はもう最悪。

竹林 :えぇ

松井 :こいつさ、広告代理店に勤めてるんだけど、うちらの同期の看護師メンバーと広告代理店の男たちと飲み会した時に、いたんだ。私は全然タイプじゃないけど、ミヤがさぁ、こいつの事気に入っちゃってさ。

竹林 :あれ、ミヤさんて、彼氏いませんでした?

松井 :いた。そこでもまた修羅場だったんだけど。

竹林 :え~~(興味津々)

松井 :まぁ、それは一旦おいといて、ミヤはこいつの事、本気だったんだけど、こいつは、アソビ。

竹林 :ふんふん

松井 :てゆーか、常に複数女がいるようなヤツなのよ、こいつ。

竹林 :ふーん。

松井 :またサイテーなのが、ミヤの気持ち利用して、お金借りたんだよね。んで貸したとたん、連絡取れなくなって、お金も返ってきてない。

竹林 :え!?サイテー。ミヤさん何でそんな男好きになったんですか?

松井 :本当だよ、目ぇ覚ませっての。

竹林 :大体、広告代理店って割と高給じゃないですか?お金借りる必要あります?

松井 :それがさ、こいつの同僚の話だと、借金あるみたいで。

竹林 :え?何で?

松井 :知らん?しょっちゅう飲みに行ってるし、狙ってる女の子にために奢ったりしてるからじゃないかって。

竹林 :ふ~ん。

松井 :消費者金融の催促の電話、職場にも来てたらしいよ。

竹林 :やば~い・・・こんなヤツに、何で複数、女がいるんだか。

松井 :まぁ、顔と、口がうまいからだろうね。(蒼を指さして)これ、広告代理店で営業やってんだけどさ、口うまいからクライアントの偉い人に気に入られてるんだって。だから、同僚は強く出れないって。

竹林 :何でですか?

松井 :こいつのバックに大企業の重役がいるって事よ。敵に回したら仕事しずらくなるってさ。

竹林 :え、こわーい・・・だからか、お見舞い全然来てないんですよ。

松井 :え?

竹林 :保証人になった彼女だけ、来てるんですけど。

松井 :・・・ふ~ん、意外。複数の女どもとか来てそうだけど、鉢合わせて修羅場になってたりとか。

竹林 :えーやだー

竹林の院内用PHSが鳴る

竹林 :あ、呼ばれちゃった、すみませんが・・・

松井 :ああ、行っておいで

竹林 :じゃ、また

松井 :うん、お疲れ

松井 蒼を覗き込む

松井 :可哀想・・・でもいい気味。

暗転

明転、悟の病室。

悟、PCを広げて、電話をかける

悟  :もしもし、ああ、今入院中、明後日手術なんだ。ああ、大丈夫だよ、お前こそ調子はどうなの?・・・へぇ~よかったじゃん。

   :・・・あ、あのさぁ、コンテストあんじゃん?うん、ちょっと頼みあんだけど、モデル何人か貸してくんねぇ?こっちだと、イメージに合うモデルいないんだわ。うん、今月末くらいまで、集まれる子で、うん、わりぃな。うん、じゃ・・・

PCに向かう悟

電話をしながら、熊野登場。

熊野 :うんうん、ばっちし、無事契約取れたよ。それでさぁ、チームの皆で打ち上げがあるんだけど・・・断ったから、フフフ・・・だって、ずっと帰るの遅かったし、

   :今日は早く帰ろうと思って、みさきともさ、一緒にご飯も食べれなかったし・・・え?本当?ちょっとかわって・・・みさきー、すごいじゃないか、算数で100点とたのかー、よし、みさきの好きなお寿司をとろう!今日はお祝いだぞー。うん、うん、じゃ。

熊野、電話を切る

悟  :!!??

熊野 :あれ!?

悟  :何ですか!?

熊野 :ごめん、部屋間違ったー!

悟  :は、はぁ・・・

熊野 :電話しながら歩いてたからさーごめんねー

悟  :あ、いや、大丈夫です。

熊野 :あれ、君、見ない顔だね

悟  :あ、昨日入院したばかりで、

熊野 :そうなのー、何で入院したの?

悟  :胃がんで・・・

熊野 :えーー!

悟  :でも早期発見なので

熊野 :俺も癌なんだー

悟  :えっそうなんですか、ちなみに何癌ですか?

熊野 :何でもいいじゃん。

悟  :え

熊野 :すごいね、個室なんだ

悟  :はい、4人部屋が満室らしくて、個室になったんです、病院都合なので室料はとられないって言われてて。

熊野 :へー・・・(PC見て)何?仕事?

悟  :はい

熊野 :何やってる人なの?

悟  :一応カメラマンです・・・

熊野 :カメラマン!?かっけー

悟  :そんな事・・・

熊野 :えー何?グラビアアイドルとか撮ったりするの?

悟  :僕はそういうじゃなくて、広告とか、ウェブサイト用の写真ですね。海外に行く事もあるし・・・

熊野 :はぁ~~いいなぁ、そういうの憧れるなー

悟  :そうですか・・・

熊野 :でも海外なんて行ってたら忙しいんじゃないの?

悟  :はい、まぁ・・・

熊野 :あなた結婚は?

悟  :してないです。

熊野 :彼女は?

悟  :います。

熊野 :へぇー、カメラマンって美人と付き合ってそうだね。

悟  :ん・・・そうですね、彼女、読モやってたんで、それなりだと思います。

熊野 :読モ!そりゃ美人に決まってるでしょー

悟  :ハハハ・・・。

熊野 :じゃ、君カメラマンだし、何かの撮影で知り合ったとか?

悟  :そうですね、僕、今フリーだけど、昔、撮影スタジオでアシスタントやってたんで。その頃に知り合った感じですね。

熊野 :ふ~んそう、カメラマンとモデルのカップルかぁー、かっこいいー

悟  :そんな事ないですよ・・・

熊野 :・・・

悟  :・・・

熊野 :あ、申し遅れました、私、熊野と言います。

悟  :はぁ・・・

熊野 :君は?

悟  :大江です。

熊野 :下の名は?

悟  :サトルです。

熊野 :OK、悟。僕の事は熊野プーって呼んでいいぜ☆

悟  :はい・・・熊野さんは、どうしてここに?

熊野 :えー?

悟  :何か、さっき電話しながら入って来たみたいですけど・・・

熊野 :あーごめんねー、俺よく電話かかってくるんだけど、電話しながら歩くもんだから、病室間違っちゃうんだよね。今日もそんな感じで悟の部屋に辿りついたって訳。

悟  :へぇ~

熊野 :入院中ってヒマじゃん?誰かと喋ったりしないと、気が滅入っちゃうよ?

悟  :はい

熊野 :お見舞いだって皆仕事あるから平日の昼間は全然来ないし

悟  :そうですね・・・

熊野 :彼女はお見舞い来た?

悟  :あ、はい、昨日。

熊野 :愛されてるぅ~

悟  :・・・

熊野 :え?何?違うの?

悟  :いや~・・・

熊野 :喧嘩でもした?

悟  :喧嘩っていうか・・・ここ最近気まずかったんですよね。

熊野 :何何?

悟  :俺、入院する前に、アイツ、合コン行ったらしくて。

熊野 :あらら・・・

悟  :それから、俺が海外で仕事があって・・・まぁぶっちゃけ俺が拗ねてたってのもあるんですけど、しばらく疎遠だったんですよ。

熊野 :ふんふん

悟  :でも俺の癌が分かって、久しぶりに連絡して、今に至るっていう。

熊野 :へぇーそうなの。

悟  :あいつ、人数合わせで行っただけだっていうけど、何か腑に落ちないんですよね。

熊野 :そーだね、断ってもいいんだし。

悟  :そうなんですよ

熊野 :仕事なら分かるけど、合コンなんて行く必要ないじゃない。

悟  :ですよね、それに、相手の男と何かあるみたいで・・・

熊野 :えー、二人で会ってたりするの?

悟  :いや、分かんないんですけど、何か怪しいんですよ。

熊野 :ふ~ん、彼女、美人らしいし、心配だよね。

悟  :それに、あいつも男に対して思わせぶりなところあるから、イマイチ信じきれないっていうか・・・

熊野 :あ、彼女だ。

悟  :!?

熊野 :うっそ~ん。

悟  :・・・

熊野 :てか、君の彼女、会った事ないし。

悟  :ハハハ・・・

熊野 :で?思わせぶりなところあるんだ。

悟  :はい

熊野 :寂しがり屋なんじゃない?かまってちゃんだからそういう事するんだよ。

悟  :あ~・・・

熊野 :悟だって海外行ったりするんでしょ?

悟  :僕も、寂しい思いもさせてるとは思いますが・・・

熊野 :それじゃ、彼女だけ、責められないかなぁ~

悟  :でも、俺がそういう仕事してるって分かった上で付き合ってますからね。

熊野 :まぁね。

悟  :あいつも・・・真面目ぶってるけど、チヤホヤされるの嫌いじゃないですからね。大体モデルやってたくらいだし・・・俺、いろんなモデル見てきたけど、基本全員ナルシストですから、そういうの好きなんですよ。

熊野 :あ、彼女だ。

悟  :騙されませんよ。

熊野 :いや・・・

亜美、登場

悟  :!?

亜美 :具合はどうよ?

悟  :ああ~大丈夫

亜美 :そう・・・

悟  :あの~・・・聞いてた?

亜美 :私の事、そんな風に思ってたんだ。

悟  :え!いや!本心じゃないよ!!

亜美 :もういいよ。

亜美、退場

熊野 :あ、やっぱり彼女なんだ。

悟  :・・・

熊野 :いい女じゃん、大事にしろよ。

悟  :怒って帰っちゃいましたけどね・・・

北見、登場

北見 :ごみ回収に来ました~

熊野 :やー北見ちゃん

北見 :あら、熊野さん、こんなところにも来てるの?

熊野 :うん、今若者の恋の悩みを聞いてあげてたんだ。

北見 :あらーいいじゃない

熊野 :北見ちゃんさー、彼氏いるのに合コン行ったりするのどう思う?

北見 :えー?私はもう合コンなんて行かないけど、自分がもし若い子で、彼氏がいたなら・・・まぁ、行くこともあるかもね。

熊野 :はぁ!?何で?

北見 :二人っきりで食事、とかならアウトだけど、合コンはありじゃない?

熊野 :ないよ~俺だったら絶対行かない。

北見 :そんな、大げさな、男女複数で遊ぶくらいでしょ?

熊野 :だってさー、連絡先聞かれたらどうすんの?

北見 :そりゃ断るよ。

熊野 :相手がタイプだったら?

北見 :・・・。

熊野 :ほらーー!!

北見 :いや~も~、いいじゃな~い、若いうちは遊びたいのよ~~。

熊野、北見二人で盛り上がる

悟  :もう帰って~~・・・

暗転

心電図音

明転(心電図音は消える)

蒼の病室、果歩、堂嶋、竹林がいる。

堂嶋 :傷口の経過は良いですね。ある程度安定はしてますけど、まだ油断できない状態ですね。

果歩 :・・・そうですか。

堂嶋 :毎日ご苦労様です。

果歩 :いいえ

堂嶋 :大変じゃないですか?お仕事とか。

果歩 :私、カフェで働いているんですけど、シフト制なので、空いた時間に来ているんです。

堂嶋 :そうなんですね。

果歩 :職場にも、彼氏が入院しているって言ってあるんで。皆理解あるから、助かってるんです。

堂嶋 :それはよかった。冴島さんにも伝わっていると思います。彼女さんの頑張りが。

果歩 :だと、いいですけど

堂嶋 :もしかしたら、聞こえているかもしれないです。意識のない患者さんでも、耳だけは聞こえているケースがあるので。

果歩 :本当ですか?

堂嶋 :はい、だからきっと伝わっていると思います。毎日来てくれる事も、話しかけた内容も。

果歩 :・・・もし、意識が戻ったら、今までの事も、二人で笑いながら話す事が出来るのかな?

堂嶋 :そうなれるよう、私どもも努力します。

果歩 :お願いします。

堂嶋 :それじゃ。

竹林 :お疲れ様です

堂嶋 竹林退場

果歩 :(蒼に向かって)聞こえてますかー?

蒼  :・・・

果歩 :そうだよね。

果歩、編み物を始める 

果歩 :蒼君、私蒼君にカーディガン編んであげようと思って。まだ6月だけど、多分入院も長引くだろうから。今のうちに作っとこうと思って。

   :蒼君、覚えてる?大学の時、ミサンガプレゼントしたの、私とおそろいで作ったやつ。初めての手芸だったから、あんまり上手くできなかったけど。

   :あの頃は、ミサンガでも苦戦してたのに、今じゃカーディガンも作れるようになったよ。やっぱり女の子はさ、好きな男の子に何か作ってあげたいって思うものだから、蒼君のお陰で手芸が上達したんだ。

   :今まで、色々プレゼントしたね、セーターもマフラーも・・・蒼君が着ているところ、一度も見た事ないけど、家で大事にしてくれてるって事だよね?

編み物を中断し、席を外す果歩

熊野、電話をしながら登場。

熊野 :分かってるって、今日母さんの誕生日だろ?プレゼントも買った。あとは、何食わぬ顔で家に帰って、みさきと父さんでクラッカーを鳴らすんだ。

   :お誕生日おめでとうって、母さん喜ぶぞー。いつもみさきや父さんの為に、おいしいごはん作ってくれる母さんの為に、今日はお祝いしよう・・・あ、母さん、帰ってきた?じゃ・・・。

熊野、電話を切る。

熊野 :あれー!?あ、ごめん、部屋間違ったー・・・

蒼を見る熊野、静かな病室の中、耳を澄ませ、電話を再開する。

熊野 :・・・聞こえる?・・・え、何がって?ホラ、耳をすませば、ごぉぉ~って。電話じゃ伝わらないか、静かすぎる空間にいるとさ、聞こえてくるアレだよ。

   :よく聞こえてくるんだ、病室にいるとさ、眠れない夜とか、真っ暗な病室の中でごぉぉ~って。・・・空調?かなあ?・・・僕さ、確認したくなるんだ、この音、聞こえてますかって。

   :誰かに、聞こえてますって言われると、安心できるから・・・何でかな?自分にだけ聞こえているって、寂しいし、こわいって思うから。だから聴こえている人が見つかるまで、声をかけるんだ、聞こえてますか?聞こえてますか?って。

   :僕が病院をうろうろするのって、同じ音が聞こえている人を探しているのかもしれない・・・ん?今?一人じゃないよ。一人じゃないけど・・・聞いてみるか。

熊野、蒼に向かって

熊野 :聞こえてる?

蒼  :・・・。

熊野 :可哀想にね。

果歩、登場

果歩 :あの・・・何か?

熊野 :・・・いや、何も。部屋間違えました。

熊野、退場

果歩、蒼のスマホの留守電を再生する。

ルスデン  :おい、蒼、冴島蒼く~~ん、この間の合コン、すっぽかしやがって、何考えてやがる。つか何で連絡つかない?女どもも、心配してんぞー

ルスデン :渡辺です、冴島さん、もうやばいですよ、このままだとクビになる勢いですよ。まんぷくフーズの小板さんが冴島さんの味方してくれて、何とか部長も思いとどまっているけど・・・今なら間に合うから、電話一本くらい入れておいた方がいいですよ。

ルスデン :小板だけど、冴島くん、何か会社に来てないし、連絡もつかないって聞いたんだが、何かあったのか?このままだとクビだぞ?

   :頼むよ、うちとしても君がいなくなるのは困るんだ、特に、うちの息子を雇ってくれた時は本当に助かったよ。あれは、カメラしか能のないヤツだから・・・君が採用に一役買ってくれたんだろう?今なら間に合うから、連絡くらいするんだぞ。

ルスデン :蒼君、いつまで私の事ほっとくの・・・?もう限界!私の事捨てるつもりなの?私蒼君がいないと生きていけない!・・・このまま連絡くれなかったら、死んでやるから・・・!!

果歩 :・・・死ねば?

暗転

明転

ベッドの上でPCを広げ、携帯で電話をする悟。

悟 :いや、それだとスケジュール合わないので、月曜にしたんです。ええ、はい、よろしくお願いしまーす。(切って)・・・最初に話したろーが。

PCに向かう悟

亜美 :入るよ~

悟  :あ、亜美・・・

亜美 :何?PC広げて

悟  :クライアントからのメール返信しないと。

亜美 :こんな時まで仕事?明日手術でしょ?

悟  :分かってるよ。

亜美 :調子は?

悟  :大丈夫だよ・・・あのさ亜美、

亜美 :何?

悟  :今日は長居はできないんだ、これから打ち合わせあるから。

亜美 :は?

悟  :ごめん。

亜美 :何でこのタイミングで打ち合わせ?

悟  :向こうがこの日しか空いてないんだよ。

亜美 :信じらんない、自分の状況分かってんの?

悟  :俺だってこんな状況でやりたくねぇよ。

亜美 :向こうも何考えてんだか、病人に仕事させるなんて。

悟  :いや、俺が入院するから仕事引き受けてくれてんの、その最終打ち合わせだから。

亜美 :そう・・・

悟  :もうこういうの今日で最後だから、明日から何もないよ。

亜美 :なら、いいけど。

悟の携帯が鳴る

悟  :もしもし?え?・・・あ~・・・そう・・・いや、気にすんなよ、はい、じゃ~

亜美 :どしたの?

悟  :コンテストのモデル、頼んでたけど、やっぱだめだってさ。

亜美 :そう。

悟  :あ~・・・どうすっかな~

亜美 :・・・いいんじゃない?

悟  :え?

亜美 :コンテストなんて出なくて。

悟  :何でよ?

亜美 :だって、退院してすぐなんて、無理あるもん。いい機会だから休みなよ。

悟  :別に休みたいと思ってねぇけど。

亜美 :悟はさ、どう思ってるの?

悟  :何を?

亜美 :カメラ、頑張ってきたけど、癌見つかってさ、それでも続ける気?

悟  :当たりまえだろ。

亜美 :・・・もう辞めたら?

悟  :・・・は?

亜美 :心配なんだもん。

悟  :・・・

亜美 :フリーのカメラマンなんて、生活も不規則だし、収入も安定してないじゃん?海外行ったり、ハードな仕事だからさ、寿命縮めてように見える。

悟  :それは、俺も思うところもあるけど。

亜美 :もうそういうの、やめてほしいの・・・分かってくれる?

悟  :・・・だけど、安定してる企業受けたけど、落とされた。

亜美 :そんな、たかが1社受けたくらい

悟  :いや、やっぱ自分にはフリーでやるのが向いてるんだよ。本当にやりたい事は、会社務めしてたらできないし。

亜美 :・・・

悟  :そんな暗い顔すんなって、今回は、たまたま癌になっただけだよ、

   :俺って運は良いから、早期発見できたし、こんなの手術すりゃ治るって。退院したらさ、もっと頑張って、ビッグなカメラマンになるから、今後の俺にこうご期待・・・

亜美 :何で笑ってられるの!?

悟  :え

亜美 :この状況で、何であんたはヘラヘラしてる訳!?

悟  :それは・・・

亜美 :自分の病気の事、分かってる!?

悟  :分かってるよ

亜美 :分かってない!大体アンタは考えが甘いんだよ、病気の事もそうだし、自分の将来の事も!

悟  :は?何が?

亜美 :カメラ好きなのは分かるけど、それでやっていこうなんて、考えが甘いのよ、そんな夢にしがみついてるから、癌になったんでしょ!?

悟  :そんな言い方はねーんじゃねぇの?人がどんな思いでここまでやってきたと思ってんだよ!

亜美 :もういい加減認めなよ、悟、ずっとムリしてたでしょ?

悟  :ムリ?

亜美 :最近、仕事してて、楽しい?

悟  :・・・

亜美 :悟が、カメラいじってても、前ほど楽しそうに見えないよ。私が読モやってた時、悟、まだアシスタントだったけど、あの頃の方が生き生きしてた・・・一人立ちしてから大変だったと思うよ?でも、ムリは続かないよ、体まで壊してさ、こんな事続けてたら、命がいくらあっても足りないよ。

悟  :で?あきらめろってか。

亜美 :・・・そうだよ。

悟  :お前はいいよな、夢や目標がないから、簡単にあきらめろって言えて。

亜美 :何それ?

悟  :お前、俺の事知ったふうな口聞いてるけど、何にも分かってねぇよな。

亜美 :何がよ?

悟  :俺の今までの努力とか、積み上げてきたものとか、全然分かってねぇよ。

亜美 :そんな事ない・・・

悟  :分かってねぇんだよ!だから諦めろって言えるんだよ!何が、ムリしてるだよ?そんな言い方するなら出てけよ!

亜美 :ああ、そう・・・

亜美、病室を出ようとする

亜美 :本当はこんな事言いたくなかったけど、悟がカメラやってるのは、親に反発したいからじゃない?ただ、意地になってるだけだよ。それにカメラやってりゃ、旅館を継ぐプレッシャーからも逃げれるもんね?

悟  :・・・

亜美 :じゃ・・・

亜美、退場

悟の携帯が鳴るが、出ない。

10コール程で、切れる。

竹林、登場

竹林 :大江さん・・・

悟  :あ、はい。

竹林 :何かありました?

悟  :いや・・・

竹林 :ちょっとあまり大きい声は・・・

悟  :あ!すみません!

竹林 :申し訳ないです

悟  :こちらこそすみません・・・

竹林、退場

少し、間があって、熊野登場

熊野 :母さん、朝頭痛いって言ってたじゃん?うん、えーやっぱ熱あんの?病院は行った?そう、分かったよ、今日は休んで、メシは俺が作るから・・・何だよ~ちゃんと作れるよ~、母さんなに食いたい?食欲ないのか、じゃ、リンゴでも買ってくるよ。じゃ・・・

熊野、電話を切る

熊野 :サトルー、今日おしっこ検査してきたー。おしっこ検査ってさ、紙コップで採った後、透明な容器に入れるじゃん?あれ、恥ずくない?自分が何色のしたかってバレるじゃん?

   :学校とかでやる尿検も名前書いたシール貼って提出するから、軽く公開処刑じゃね?あーゆーのって自分が人よりも濃い~やつしてたらやだなぁって思うんだ。俺、そういうときに限って、前の日にオロナミンCとか飲んじゃう人だからさー・・・どした?

悟  :え?

熊野 :何か、元気なくない?

悟  :ああ・・・

熊野 :泣いてる?

悟  :へ!?

熊野 :泣いてるように見えたからさ

悟  :まさか。

熊野 :ふ~ん

悟  :あの、すみません、今日これから人が来るんです。なのであまり長居は・・・

熊野 :なんだ~そっか~

悟  :すみません

熊野 :じゃ、帰るね。

悟  :はい・・・すみません

熊野、退場

悟、携帯をみて、さっきの着信の折り返しをしようとする。

熊野 :アイス食べる人―

悟  :!

熊野 :アイスいらんかえ~

悟  :な、何ですか!?

熊野 :今日暑いしさ

悟  :いや、いいです。

熊野 :食おうよ~~、悟何か、悩んでるっぽいし。

悟  :え、そんな事・・・

熊野 :悩んでるとさ、何かしてる気分になれるけど、実際何もしてないから。今だってベッドに横になってるだけでしょ?だったら、アイスでも食べてリフレッシュした方がいいよ。

悟  :・・・じゃ、いただきます。

熊野 :へ?

悟  :え?いや、アイス。

熊野 :ないよ。

悟  :はい!?

熊野 :だって手ぶらじゃん?

悟  :熊野さんの病室にでもあるかと。

熊野 :何?ほしいの、アイス。

悟  :そういう訳では・・・

熊野 :何のアイスほしい?

悟  :え、いいですよ。

熊野 :いや、いいから、何のアイスだったら食べたい?

悟  :え、あずきバー。

熊野 :あずきバー、あれ釘打てそうなくらい固ぇじゃん?あんなんでいいの?

悟  :いいじゃないですか、じゃ何だったらいいんです?

熊野 :え・・・あずきバー、以外。

悟  :・・・何です、この会話。

熊野 :いいんだよ、一人で悩んでるより、二人でくだらない会話してる方がいいよ。

悟  :・・・。

熊野 :それとも、くだらなくない話でもあるの?

悟  :・・・少し長くなるけど、いいですか?

熊野 :いーよー

悟  :俺、実家が旅館やってるんですけど、大江旅館って知ってます?

熊野 :知らない。

悟  :TVで特集されたり、海外からも来るお客さんもいるんですけど

熊野 :全然知らない。

悟  :・・・まぁ、そこそこ有名で、歴史のある旅館なんですよ。俺は、長男だから旅館の跡継ぎを期待されてたんです。

   :大体、中学くらいから身内からの圧を感じるようになって・・・でも旅館なんて全然興味ないんですよ、自分の進路を勝手に決められるのも癪だったし、だから、跡を継がせようとする奴らに、反発してましたね。

   :特に父親には、反抗期もあいまって、ずっと憎んでました。

熊野 :そうだったんだ。

悟  :親も親戚の奴らも、大嫌いだったけど、じいちゃんだけは俺の味方でした。じいちゃんは一眼レフのカメラを持っていて、俺に写真を教えてくれたんです。あの頃は、家でいやな事があると、カメラを持って、近所の川とか、雲の写真を撮ってました。

   :最初は趣味だったけど、そのうちカメラを一生の仕事にしたいと思うようになったんです・・・だから、父親に話したんです、俺はカメラマンになるって、だから旅館は継がないって、そしたら、どうなったと思います?

熊野 :え?何?分かんない。

悟  :もう、モメにモメて、言い争った後、俺に平手打ちくらわせて、「お前はこの家に相応しくない人間だ、高校卒業したら出ていけ!」って。

熊野 :ありゃ~・・・

悟  :お望み通り、出てってやりましたよ。本当はカメラの専門学校に入りたかったけど、高校卒業してすぐ、スタジオに就職して、アシスタントになりました。そこからフリーになって、今に至るっていう。

熊野 :へー、そうなの

悟  :フリーになってから、忙しかったけど、充実してましたね。いろんな国に出かけて、たくさん写真とって、仕事は楽しかったけど・・・長くやっていると、焦りが出てくるんですよ。

   :なかなか結果は出ないし、後から出てきた奴に追い越されたり、そういう事もあって、だんだん自分の中で何かが変わっていったんです。じいちゃんのカメラいじっている時みたく、楽しめなくなって・・・最近は意地になって仕事してました。

   :さっき、亜美にも・・・彼女にも、言われたんです「ムリしてる」って・・・図星でした。だからついムキになって、出てけ、なんて怒鳴っちゃったけど。

熊野 :しょうがないよ、そういう時もあるよ。

悟  :彼女に、言われました。カメラやってるのは、実家を継ぐプレッシャーから逃げるためだって、カメラが好きなのは嘘じゃないけど、もしかしたら、そういう気持ちも、どこかにあったかもしれないです。

熊野 :・・・色々あるとは思うけど、あんまり自分を責めたらダメだよ。今は病気中なんだしさ。

悟  :僕、明日手術なんです。

熊野 :おお、そうなんだ。

悟  :手術で、胃の三分の二は切除しなきゃならないんです。術後も色々合併症があって、食後に腹痛とか吐き気、めまいがあったり、貧血も起こしやすくなるって。何年かしたら、胆石になることもあるって。

熊野 :うん・・・。

悟  :笑っちゃいますよね、俺、まだ31ですよ、三分の一しかない胃を抱えて、残りの人生やっていくって、もう笑うしかないですよ。

熊野 :それは辛いけど・・・悟はさ、今がどん底なだけだよ。これから、上がっていけるから

悟  :だといいですけど。

熊野 :しばらくは病気との闘いだけど、いずれ、笑って話せる日がくるさ。

悟  :そうですかね・・・

熊野 :ハハ・・・まぁね、暗くなる気持ちは分かるけど、今はさ、楽しい事考えたりしたほうがいいよ。

悟  :ああ・・・

熊野 :俺、よく考えるよ、退院したらやりたい事とか、夜更かしして深夜テレビ見る、みたいな、些細な事でも考えたら気持ちが楽になるよ。

悟  :ああ・・・

熊野 :サトルもさ、退院したら、またカメラできるよ?

悟  :カメラ・・・

熊野 :うん。

悟  :カメラがやりたい事なのかな?

熊野 :違うの?

悟  :もう、分かんねぇっす・・・

熊野 :・・・

悟  :あー、退院したら、どうしたらいいんだろう。

熊野 :じゃあ、死んだら?

悟  :え

熊野 :死んだら、どう?

悟  :え!?

熊野 :どう?って

悟  :熊野さん、俺に死ねと!?

熊野 :あーごめん、言い方悪かった。もし、死ぬとしたら?

悟  :はい?

熊野 :自分が死ぬとしたら、それまでにやっておきたい事って、何?

悟  :なぜ、今、その質問?

熊野 :いや、俺思うのよ。人ってさ、普通に生きてたら、自分が死ぬって事、忘れがちじゃない?

悟  :はい

熊野 :でも、絶対に死ぬ、その日は確実に来る。

悟  :はい

熊野 :何となくでずーっと生きてたら、気づいたらじじぃになって、ああすれば良かった、こうすればよかったって思ってるかもしれない・・・そんなのやじゃない?

悟  :そうっすね。

熊野 :そうならない為に、若いうちに死ぬまでにやっておきたい事を考えるべきだと思う。

悟  :えー・・・そうだけど、死ぬまでに?

熊野 :何でもいいから、大きな事でも小さな事でも、ノートかなんかに書いて、リストアップするといいよ。10個でも20個でも。

悟  :そんなにあるかな?

熊野 :あるって、案外すぐ思いつくもんだよ。やりたい事やるんだったらさぁ、人生ってあっという間だよ?胃が三分の一とかで、悲観してらんなくない?

悟  :・・・。

熊野 :残りの人生、思いっきり生きろよ!

熊野、悟の背中を叩く

悟  :イテ

竹林、登場

竹林 :大江さん、面会の方がお見えです。

悟  :あ、はい。

悟、出ようとするが、熊野は動かない

悟  :・・・?

熊野 :あ、ちょっと休んでていい?

悟  :ああ、いいですよ(苦笑)

悟、退場

熊野、携帯をかける

熊野 :悩むんだろうな・・・人間、どの選択しても、悩んでしまうものだから。

   :・・・え?いや、今さ、若い子にアドバイスしてたんだ。その子がさ、やりたい事が分からないって言ってたから、死ぬまでにやっておきたい事をリストアップするといいって話たんだ。

   :君は?死ぬまでにやっておきたい事って何?え?ケーキバイキング?まぁ、それもありだよね・・・え?僕?僕が、死ぬまでにやりたい事は・・・一つだよ、君とみさきと僕と、また3人で暮らしたい。

   :できるなら、あの頃に戻りたい。・・・分かってるよ、自分が悪かったって、僕、後悔してるんだ。みさきが百点とった時、あまり関心を示さなかった事も、君の誕生日だっていつも忘れて、何もしなかった事も、君が風邪ひいたって、気も使わなかった事も、全部、ずっと後悔してる・・・僕、全然いい父親でも、いい夫でもなかったね。

   :あの頃は、仕事がすべてだったから。仕事やって、君らを養っていれば上出来だと思っていた・・・でも君は、みさきを連れて出て行った。僕に残されたのは、一人で住むには、広すぎるマンションと、眠れない夜。

   :ばかみたいだ・・・もう死にたいよ・・・死んじゃおうかな・・・僕が死んだら、どう思う?僕が死んだら・・・せいせいする?・・・ねぇ・・・ねぇ・・・

熊野、携帯をベッドに置く

熊野 :もう、いいよ。

熊野、退場

少し間をおいて、北見登場。

北見 :ごみ回収に来ましたー

ベッドの上の携帯に気づく

北見 :・・・?

携帯に耳をあてる

時報 :ピ・ピ・ピ・ポーン・・・午後13時、ちょうどをお知らせします・・・ピ・ピ・ピ・・・

暗転

暗転のまま、蒼の留守電再生

ルスデン :今立です。課長からもメッセージ入ってると思いますが、昨日、冴島さん家に退職届郵送したそうです。もう、届いてますかね?返送はお早めにしてくださいよ。

   :分かってるとは思いますが、あのコンペの日から1週間以上も無断欠勤が続いてるんですから、クビですよ、クビ。残念でしたね、横浜に栄転の話まで出てたのに・・・まぁ、わざわざ僕から連絡する必要もないけど、何となく、知らせておきたくなったんです。

   :でも冴島さん、何とも思ってないでしょ?元々やる気ないんだから、普段からサボってばっかだったし、外勤行くふりしてカフェ行ったり、パチ屋行ってんのバレバレですよ。それで夜遅くに戻ってきて残業手当つけてましたもんね。

   :それだけサボれるのも僕のお陰ですよ。自分の仕事僕におしつけて、上には自分でやったって体で提出してましたよね?・・・まぁ~お陰でコンペの日は冴島さんいなくても困りませんでしたけど。あの仕事も僕に押し付けてたじゃないですか?プレゼンは僕一人でやりましたよ、

   :何も問題なかったです。僕が作った原稿読んで、僕が作ったスライドショー見せただけだし。やっぱり冴島さんいなくても会社は回りますね。企業のお偉いさんに媚び売るのは人一倍頑張ってたようですが・・・

   :聞きましたよ?カメラマン採用の件、まんぷくフーズの小板さんの息子を採用させたって。冴島さんが小板さんの名前出して人事に圧力かけたって本当ですか?お陰で優秀なカメラマン落とすはめになったらしいじゃないですか、すごいですね

   :・・・もう会社にあなたの席なんてありませんよ。これで永久にさよなら、どこで何やってんのか知らないけど、お元気で。

心電図音

明転(心電図音は消える)

蒼の携帯を置く果歩、編み物をしながら話す

果歩 :蒼君、職場での事は知らなかったけど、そんな感じだったんだね、確かに、うちのカフェによくサボりに来てたけど。私、心配だったんだ。

   :あんな大手の会社入って、やっていけてるのかなって。大体蒼君、うちの大学入ったのも推薦でしょ?運よく国立大入って、要領良いから会社の面接も通って、内定もらってたけど、やっぱり向いてなかったんだよ。

   :横浜の栄転の話も、私知らなかったけど、ちゃんと決まってから、教えてくれる予定だったのかな?流れちゃったのは残念だけど、でも良かったよ、横浜なんて行かなくて、蒼君は他に向いてる事があるよ。

   :カフェ店員なんかどう?私、将来自分の店を開くのが夢だから、私と一緒にカフェ開こうよ、よくあるじゃない?夫婦でやってるお店、ああゆうのもいいよね。

   :蒼君、イケメンの店員がいるって話題になるね。場所は、あまり都会じゃないほうがいいかな?私、地元が長野だから、そっちの方とかどう?蒼君、気に入ってくれるといいけど。

果歩、携帯を見る

果歩 :もう時間だ、私、今日昼番だから、もう帰るね。じゃ・・・

果歩、退場

回診に来る堂嶋、竹林。

竹林 :失礼しまーす。

堂嶋 :あれ?今日彼女さんいないんだ?

竹林 :みたいですね。

堂嶋 :珍しい・・・冴島さん、こんにちわー、ちょっと診ますねー

蒼の診察をする堂嶋

堂嶋 :相変わらず、小康状態だね。

竹林 :そうですね。

堂嶋 :ご両親とは連絡とれた?

竹林 :いえ、まだ。

堂嶋 :まだ取れないの?

竹林 :はい

堂嶋 :もう1週間以上経つでしょ?

竹林 :彼女さんに何度か頼んでいるんですけど、難しいみたいで。

堂嶋 :そこは何とか連絡取ってもらわないと。

竹林 :それが、この話題になると、いつもはぐらかされるんです。

堂嶋 :ええ?何だそりゃ?

竹林 :本人も意識不明だし、難しいとは思いますが・・・

堂嶋 :つっても、この非常事態にプライバシーもないでしょ?本人の携帯いじりゃ、連絡先くらい出てくるだろうに

竹林 :そうなんですけど

堂嶋 :お見舞いも、彼女しか来てないよね、せめて他に来てくれる人がいれば、色々聞き出せるんだけどなー

竹林 :ああ、でもしょうがないですよ。

堂嶋 :何で?

竹林 :冴島さん、あまりいい人ではないみたいだから。

堂嶋 :どういう事?

竹林 :女性関係だらしないらしくて、借金もあるみたいだから、複雑なんだと思います。

堂嶋 :ふ~ん、でも何で知ってるの?知り合い?

竹林 :まぁ、知り合いの知り合いというか・・・

堂嶋 :え?じゃ、連絡とれるんじゃない?

竹林 :いや、知り合いの知り合いなので

堂嶋 :いや、知り合いに頼むとか、

竹林 :いや、その知り合いも、そこまでの仲ではなさそうだから・・・

堂嶋 :何だ・・・まぁ、身寄りがほとんどない人も珍しくないけど、若いのにね。

竹林 :そうですね。

堂嶋 :・・・道路に飛び出したっていうのも、引っかかるよね。

竹林 :何か、あったんですかね。

堂嶋 :彼女さん、現場にいたんだよね。

竹林 :はい、何でそうなったか分かんないらしいですけど。

堂嶋 :恋人ならさ、そういう兆候とか、分かんなかったのかね。

竹林 :まぁ、分かりずらいものですよね、昨日まで普通に過ごしていたのに、いきなり自殺を図ろうとするパターンもあるし。

堂嶋 :そんなもんかね・・・状態は厳しいけど、もし意識が戻った場合は、ほぼ後遺症は残るのよ、その時は周りの人のケアがいるからさ。

竹林 :協力者が一人って厳しいですよね。

堂嶋 :それにあの彼女さん、ちゃんと分かってるのかね?色々説明してきたけど、変にポジティブにとらえてる気がするのよ。

竹林 :熱心に見舞いに来てますけどね。

堂嶋、病室にある編み物を見る

堂嶋 :普通さ、この状況で編み物なんてする気になる?

竹林 :そう・・・ですね・・・。

堂嶋 :何か、変わった子だよね。

堂嶋、竹林退場

暗転

明転

悟の病室

亜美 :入るよ。

悟  :あ、亜美。

亜美 :調子は・・・?

悟  :おう、大丈夫。

亜美 :そう・・・。

二人 :あの・・・

亜美 :あっ、何?

悟  :あっ、どうぞ。

亜美 :えっあっ・・・昨日・・・

悟  :うん。

亜美 :昨日、言い過ぎたから、ごめんね。あれからずっと後悔してて

悟  :いいよ・・・俺も「出てけ」なんて言っちゃったし、俺こそごめん。

亜美 :ううん、私が悪いの。ついカッとなっちゃって

悟  :でも、心配してくれたんだろう?

亜美 :・・・うん。

悟  :いいんだよ。

亜美 :ありがとう・・・今日、手術だけど、緊張してない?

悟  :少しな

亜美 :昨日の朝から絶食でしょ?お腹空いてない?

悟  :いや、それどころじゃないっつーか。

亜美 :そう、私も今日一日、ついていたかったけど、仕事あるから。

悟  :ああ、しょうがねぇよ。

亜美 :今も、昼休み抜けてきてるから、また会社戻らないといけないの。

悟  :いいよ、むしろ忙しいのに悪いな。

亜美 :全然・・・手術終わって、何かあったら連絡して、早退してでも駆けつけるから。

悟  :大丈夫だと思うけど・・・ありがとう。

亜美 :うん。

悟  :俺、昨日あれから考えたんだ。

亜美 :うん。

悟  :真面目な話なんだけど、聞いてくれる?

亜美 :うん、何?

悟  :俺さ、自分が死ぬまでにやっておきたい事を考えたんだ。

亜美 :うん?

悟  :死ぬまでにやっておかなきゃ絶対に後悔する事をさ、真剣に考えた結果、分かったんだ、やりたい事。

亜美 :うん。

悟  :俺、亜美と結婚したい。

亜美 :・・・どういう事?

悟  :やっぱさ、生きてるうちに結婚はしておきたいじゃん?で、誰とするかーってなったら、亜美しかいないと思って。

亜美 :・・・何で?

悟  :なんだかんだ、俺らも長いし。

亜美 :何でそんな事言うの!?

悟  :え!?

亜美 :先生に何か言われた!?

悟  :いや

亜美 :転移とか、見つかったの!?

悟  :いやいや、何も言われてないよ。

亜美 :だったら何で死ぬまでに、とか言うの!?

悟  :え?あっ!違う違う!今のは例え話だよ、俺の病気は何も悪くなってないし、余命宣告もされてないから!

亜美 :・・・本当に?!

悟  :ほんと、ほんと。

亜美 :何だ、紛らわしい・・・

悟  :本当だな・・・そーだよな、癌患者に死ぬまでに、なんて言われたら、そう思っちゃうよな、ハハハハハ・・・

亜美、しゃがみ込む

悟  :亜美?

亜美、顔を伏せて、泣いている様子

悟  :・・・!?どうしたんだよ!?

亜美 :・・・分かんない・・・

亜美の突然の涙に、戸惑う悟

亜美 :・・・さっき

悟  :うん?

亜美 :悟が・・・先長くないのかと思って・・・ショックで・・・

悟  :うん・・・

亜美 :でも勘違いだったから、ほっとして、力抜けたの・・・

悟  :・・・ごめん。

亜美 :・・・紛らわしいのよ、アンタは

悟  :ごめん・・・

亜美 :(持ち直して)あ~・・・世界一、無駄な涙だった。

悟  :(笑)

亜美 :笑ってんじゃないよ

悟  :ごめん、でも見事なすれ違いだったな。

亜美 :ああ・・・

悟  :コントみたい。

亜美 :アンジャッシュ?

悟  :(亜美を指さして)渡部?

亜美 :(悟を指さして)大島?

悟  :児島だよ!

二人 :ははははは~~

亜美 :でもさー、さっき、すごい事言ってなかった?

悟  :へ?

亜美 :いや、何か言ってなかった?

悟  :児島だよ!

亜美 :違う、それじゃない。

悟  :え?

亜美 :死ぬまでに、とか・・・

悟  :あ~、結婚?

亜美 :そう、それ・・・どういう事?

悟  :あの・・・まぁ、要するに、亜美と結婚したいって話さ。

突然のプロポーズに戸惑う亜美

悟  :・・・亜美はないの?

亜美 :へ?

悟  :死ぬまでにしておきたい事。

亜美 :私?

悟  :考えたら、結構出てくるよ。

亜美 :う~ん、やりたい事かぁ・・・英会話?

悟  :英会話?

亜美 :前々から興味あって、やってみたいなぁって。

悟  :ふ~ん。あとは?

亜美 :あと~?・・・ケーキバイキング?

悟  :ケーキ?

亜美 :雑誌で載ってたところ、行ってみたくて・・・

悟  :(笑)

亜美 :何よ。

悟  :わりぃ、でもそれもありだな・・・あとは?

亜美 :あと・・・また、サイパンに行きたいな・・・前、二人で行った時、海がすごくきれいだったから、あの海をまた見てみたい。

悟  :行こう・・・!サイパン、俺が連れてってやる。亜美のやりたい事、全部叶えるから、だから俺と、結婚、して下さい・・・。

亜美 :か・・・考えさせて。

悟  :何で!?

亜美 :だって、急なんだもん!

悟  :え~~

亜美 :何なの?いろんな事が立て続けに起こって・・・私、キャパオーバーだよ。

悟  :分かった、とりあえず、この件はゆっくり考えて。

亜美 :うん・・・ごめん、そろそろ戻らないと。

悟  :ああ、そっか。

亜美 :じゃ・・・

悟  :あ~、

亜美 :何?

悟  :あの・・・旅館の女将さんって興味ある?

亜美 :え

悟  :それも、考えておいて。

亜美 :分かった・・・。

亜美、退場

悟  :・・・(言えた)。

北見、登場

北見 :ごみ回収に来ました~

悟  :あ、どうも。

北見 :今日、手術だっけ?

悟  :そうなんです。

北見 :緊張してる?

悟  :まぁ。

北見 :大丈夫よ、先生腕良いから。

悟  :そうですか・・・こういうときに、熊野さんが来て、とりとめのない話をしてくれれば、気も紛れそうですけど。

北見 :ああ・・・

悟  :今日、来てないんですよね、何でかな?

北見 :ああ・・・知らない?

悟  :?何がですか?

北見 :まぁ、知らないか。

悟  :何がです?

北見 :言っていいのかな~?

悟  :え?何かあったんです?

北見 :いや・・・あのね。

北見、周りを確認して、悟に耳打ちする。

悟  :・・・え!?

暗転

ルスデン :久しぶり・・・本当は会って話したかったけど、電話に出れないみたいなので、こっちにメッセージ残しておくね。

   :前、横浜の栄転が決まりかけてるから、一緒に来てほしいって話してくれたじゃない?あれ、嬉しかったんだけど・・・今、私の大事な人がね、癌になったの、私、支えてあげたいから、横浜には行けない・・・ごめんなさい。

   :蒼君とは一緒にいて楽しかったけど、私も状況変わってきて、色々余裕ないし、だから、二人で会うのも、もうできない・・・一方的でごめんなさい・・・横浜へ行っても元気で、さよなら・・・

明転

果歩 :蒼君・・・横浜の話、他の子には話してたんだ。一緒に来てほしいって、どうゆう事・・・?何で?!何で?!他の女連れていこうとするの!?何で!?何でよ!?蒼君!・・・まだ分からないの?私が、私が一番蒼君の事、想ってるんだよ!!

泣き崩れる果歩

果歩 :ねぇ、思い出して、二人の出会い。大学の頃・・・覚えてるよね?私が大学のベンチに座って立ち上がった時、ベンチの針にブラウスが引っかかって、破けたの。あの時蒼君が通りかかって、生協でTシャツ買ってきてくれたよね。

   :あれ、嬉しかった。こんな素敵な人が、私の事気にかけてくれるなんて・・・だから、思ったもん。この人を、絶対に逃しちゃいけないって・・・あれは6/13、二人が出会った記念日だもんね。

   :あれからずーっと蒼君を見てきたよ。蒼君が大学卒業した後も、二人の時間を作れるように、私、わざわざ蒼君の会社の近くのカフェに就職したんだから、蒼君、うちのカフェによく来てくれたよね。

   :いつもピザとかパスタとか注文してたけど、それじゃ栄養偏るから、サービスでサラダつけてあげてたの・・・気づいてた?でも、しばらく来ない日が続いたから、私、心配で、ちゃんと食べてるのかなって・・・

   :だから家までご飯届けてあげたじゃない?蒼君、呼び鈴鳴らしてもいつも出ないから、郵便受けに入れておいたの・・・私、たくさんしてあげたよ・・・?蒼君、ごみの分別もいい加減だから、ごみ捨て場にあったやつ、私ちゃんと分別し直してあげてたよ。

   :そうじゃないと、近所のおばさんに怒られるでしょ?ごみの中に、風邪薬の瓶が入ってた時は、おかゆとか、栄養ドリンクとか郵便受けに入れておいたよ。私ちゃんと、見てるでしょ?いつだって蒼君の事考えているよ・・・。

   :事故に遭った日だって、6/13の記念日をお祝いしようと思って、ちゃんとしたレストラン予約して、会社の前でずっと待ってた・・・雨の中、ずーっと、なのに・・・

   :どうして、逃げたの?・・・それも、赤信号の道路に飛び出したりして・・・。私が、怖いの?ねぇ・・・こんな私を怖がるなんて、ひどくない?・・・何よ?そんなんだったら、別れるから!!

怒りの形相で、蒼を見つめる果歩

果歩 :・・・ふふっ・・・ふふふ・・・あはははは・・・!!・・・な~んて、ね。・・・別れる訳、ないじゃない。あなた、私がいないと何もできないでしょ?

   :だって、ダメ人間だもん。

   :・・・明日も来るよ、明後日も、私、待ってるから。あなたが目覚めるのを、ずーっと待ってる。

果歩、退場

心音、徐々に弱まり、やがて停止。

ゆっくり暗転

ルスデン :何だよお前、全然電話出ねーじゃん。死んでんのか?

終わり

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