月齢夫婦
★3人
★10分くらい
★あらすじ・・・とある妊活中の夫婦の話、妊娠を強く望むあまり、不安定になった妻、一美。月の満ち欠けにも一喜一憂するようになる。そしてそんな妻に振り回される夫、良平。一美が妊活を励むにはある理由があって・・・
【登場人物】
良平 34歳、会社員、一美の夫
一美 30歳 会社員、良平の嫁
樹(いつき)新興宗教の信者
本編スタート
夜遅く、誰もいないマンションの居間。
テーブルの上に、赤い折り紙を三角に折ったものが山積みになっている。
玄関から樹の声が聞こえる。
樹 :うん、うん、そう。うちは土曜に集会があるから、そこで経典の解説を、アナンダ先生がしてくれるんだけど、とってもいい話よ、毎回心が洗われちゃうの。もう週に一回のデトックスだと思ってる。うん、やっぱり生きてたら色々あるから、こういう機会は大事だと思うの。うん、でも毎週必ず参加しなきゃだめって訳じゃないの。ホラ、みなさんお仕事とかあるから、月に一度だけの参加の人もいるの。その辺はゆるいから安心して、うん。奥さんは、ご結婚されてからどれくらい?うん、そう、お子様は?そう、あえてそうされているの?・・・あらま、最近多いらしいわねーでもね、そんなアナタに相応しいのがこの水。アナンダ先生が祈祷したありがたい水なんだけど、今ならイチキュッパーで・・・あら?やだ私、忘れてきたみたい。ちょっと取りに行ってくるから、待っててねー・・・それじゃ。
ドアの閉まる音、一美登場。
一美 :こっわ・・・。
一美、テーブルに座り、赤い折り紙を三角に折り、のり付けする作業にかかる。
折った物を5つ選んで並べて、じっくり見た後、一つだけ手に取り、折り紙を開く。
一美 :ふっ・・・。
引いたくじを放る。ドアが開く音がし、良平登場。
良平 :ただいま
一美 :おかえり
良平 :今さ、女装した男とすれ違ったんだけど、ここの住民かな?
一美 :その人、うち来たよ。
良平 :は?何で!?
一美 :宗教の勧誘・・・。
良平 :ええー!何の宗教?
一美 :何か、最初にカタカナでナントカ教って言ってたけど忘れちゃった。
良平 :お前、チャイム鳴っても簡単に出るなって。
一美 :だって、アマゾンかと思ったんだもん。
良平 :何もなかったか?
一美 :あー、変な水売られそうになった・・・。
良平 :危ないな・・・!
一美 :だって、オカマの勧誘だよ!?珍しいから話聞いちゃうじゃん!?
良平 :にしてもだよ、気をつけなさい。
一美 :はーい
良平 :何だこれ
一美 :忘年会のくじ作りやってた。
良平 :すげーな
一美 :300人分だしね・・・ごはんは?大丈夫?
良平 :大丈夫
一美 :背広
良平 :ああ
良平の背広を脱がしてやる一美
一美 :・・・何か酒臭いんだけど、何杯飲んだの?
良平 :コップ1杯・・・
一美 :本当・・・?
良平 :すみません、ジョッキで3杯いっちゃいました。
一美 :信じらんない!
良平 :だって、取引先の人が飲ませてくるからさ
一美 :アルコールは飲むなとは言ってないよ、でも飲み過ぎは不妊の原因になるって知ってるよね?
良平 :大丈夫だって、俺酒強いし。
一美 :関係ないから。
良平 :分かった、悪かった。ホラ、くじ作るの手伝うから、どうやってやるんだ。
一美 :・・・ここ、2辺にのり付けて、3角に折って
良平 :うん・・・あと何個作ればいいんだ?
一美 :100個くらい
二人でくじを作り始める。
一美 :やっぱりさ、人工授精始めたほうがいいと思うんだけど。
良平 :いや、やめようぜ
一美 :だって、なかなか妊娠しないし
良平 :人工授精は保険きかないんだろ?タイミング法続けようぜ。
一美 :でも私も30になったし、良平だってもうすぐ35じゃん、男も女も35過ぎたら妊娠する確率下がるんだよ?
良平 :そんな統計上の数字、俺らにカンケーないって。病院で検査して二人とも問題なかったろ?そのうちできるから、焦るなよ。
一美 :ん~~~
良平 :何?
一美 :最近ね・・・
良平 :うん
一美 :月ばっか見ちゃうの。
良平 :・・・うん?
一美、窓から月を眺める
一美 :痩せてるね
良平 :何が?
一美 :月が
良平 :痩せてる?ふつー欠けてるって言わないか?
一美 :そぉ?・・・前の満月から10日経ってすっかりやせてしまってわ。
良平 :何で残念そうなの?
一美 :この間、妊娠検査薬に陽性反応が出たじゃない?
良平 :うん
一美 :それが10日前で満月の日だったの。夜空にぽっかり浮かぶ満月を見てるとさ、妊娠したお腹みたいだなって思えて・・・だから何か、運命感じちゃったんだけど。
良平 :うん
一美 :でも病院へいったら結果は陰性。単なるホルモンバランスの影響だって。
良平 :そうだったね。
一美 :あの時は、期待した分、ショックが倍だった。
良平 :・・・うん
一美 :それから、私の落ち込みに比例するように月が痩せていってさ、痩せてる月、見ているだけで凹むのに、つい見ちゃうの。
良平 :・・・
一美 :あの月が満月になる頃に私も妊娠しないかな。
良平 :いずれするから、ほら、くじ作ろう・・・これ、あたりは何になるんだ?
一美 :1万円の商品券
良平 :よし、絶対当てよう。
一美、5つくじを選んで、良平に差し出す
良平 :何?
一美 :この中に一つだけあたりがあるから、ひいてみて。
良平 :くじは5つのうちあたりは1つ、よしっあたりこいっ
良平、くじをひいて開ける
良平 :残念、はずれ!商品券当たんなかったわ。
一美 :30代夫婦の1周期あたりの妊娠の確率は約20%。つまり、5つのくじから一つあたりをひく確率と一緒。
良平 :・・・
一美 :簡単そうだけど、以外に難しいのよね~私たち・・・はずればっかり引いてるのよ。
良平 :よしっ話題変えよう、そーだな、年末だし今年1年の出来事でも語りあうか。
一美 :今年の出来事?
良平 :今年、俺は入社して10年目になったんだよな。
一美 :もうそんなに
良平 :一美は?
一美 :私は4年目かな。
良平 :なんだかんだお互い、あの会社で頑張っちゃってるよな。
一美 :うん、でも良平はすごいよ。あの営業部で10年もやってるなんて。
良平 :入った頃は、何回も辞めたいと思ってたけどな。
良平 :一美も頑張ってるじゃん。
一美 :いや、総務はまだゆとりあるから。
良平 :二人でどっか、ご飯でも行くか、1年の労い的なので。
一美 :うん・・・どこがいい?気腹志(きばらし)とか
良平 :気腹志、新人歓迎会で行ったじゃん。
一美 :新人歓迎会といえば、菅井さん、締めの挨拶で何言ったか覚えている?あの人、うちの会社、結婚してる人多いけど、子供いないのばっかだな、皆もっと頑張らないとだめだな~って。
良平 :・・・言ったっけそんなの
一美 :妊活頑張っている人だっているのに、あれはないわ。
良平 :いやっ悪気は無いんだよ、うちのボスを責めないでやってくれ。まあ、あれだ。歓迎会は楽しかったな。
一美 :うちの課は新人入らなかったけど、良平のところは3人も入ってたね。
良平 :そうだな。
一美 :良平の補佐役も美和子に変わったしね。
良平 :ああ、塚本さん。
一美 :どう、美和子?
良平 :まぁ、やりやすいよ。
一美 :美和子しっかりしてるもんね。
良平 :まぁね
一美 :仕事できるし、美人だし、未だに独身なのが謎だよね。
良平 :あーまぁな
一美 :彼氏とかいないのかな?
良平 :どうだろ?仕事以外の会話ないから分からん。
一美 :ダメじゃん、一応上司なんだし、世間話くらいしないと
良平 :えー?お前のが仲良いんだし、そっちの方が詳しいんじゃないのか。
一美 :結婚してから全然遊んでないよ。前は一緒にご飯行ったりしたけど
良平 :ふーん。
一美 :そっちこそ、二人で出張行ったりしてんだから、色々知ってるんじゃないの?
良平 :あーまぁ・・・今年もよく行かされたな。8月の連休に京都行った時は本当暑かった。
一美 :京都の鈴虫寺でお守り買ってくるの忘れてたよね。
良平 :あ、そだったね。
一美 :あーあ、楽しみにしてたのに
良平 :ごめん、何でお守り欲しかったの?
一美 :鈴虫寺のお守りもってたら妊娠したってネットで書いてあったから。
良平 :お守りなんて迷信だろ。
一美 :本当に妊娠した人がいるんだって
良平 :そんなので妊娠するかよ、ちょっと騙されやすいんじゃないか?さっきも水買わされそうになってたし。
一美 :買うつもりなんてなかったけど?
良平 :お前、焦ってるからお守りなんて欲しくなるんだよ、もっと気長に構えてろって。
一美 :何よ、お守りくらいで、大げさな
良平 :だってさ、妊活始めてから、お前変わったもん。
一美 :何が?
良平 :酒飲むな、とかうるさくなったし
一美 :すみませんねー
良平 :さっきも月見てるだけで落ち込んでるし、何かヘンだぞ。
一美 :そんな事ないよ
良平 :俺はさ、心配なんだよ・・・。
一美 :・・・
良平 :なぁ、妊活、辞めないか?
一美 :え
良平 :辞めるっていうか、一旦仕切り直すんだよ。しばらくはお酒飲んだりして、のんびり過ごそうよ。
一美 :それじゃ、意味ない
良平 :何で?
一美 :そんなんじゃ、余計出来なくなる。
良平 :一美?
一美 :良平は、私の子供、欲しくないんだ・・・
良平 :何でそうなるんだよ・・・
一美 :・・・
良平 :一美・・・何で、子供欲しいんだ?
一美 :・・・
良平 :結婚した頃はさ、子供は自然に任せればいいって言ってたよな?なのにいきなり妊活するって言いだしてさ、何があった?
一美 :・・・
良平 :話してくれよ。
一美 :・・・あ、いや、良平のお母さんがね、こないだ電話で子供はまだなの?って
良平 :うん。
一美 :それ以外にもいろんな人から、まだかまだか、って言われたりして、何かムキになっていただけなの。
良平 :俺も、似たような事言われるけど、大体聞き流しているよ、気にするな。
一美 :うん
良平 :でもまぁ、オフクロには俺の方から注意しとくから、それでいいよな?
一美 :・・・
良平 :もうそれ(くじ)その辺にして、フロ入って寝よう。先入るぞ。
風呂場に向かおうとする良平
一美 :・・・付き合ってたんでしょう?・・・美和子と。
良平 :・・・え。
一美 :私が入社する前、良平と美和子、付き合ってたんだよね?
良平 :お前、何で・・・
一美 :同じ職場だし、情報は入ってくるよ。
良平 :そうか。
一美 :・・・
良平 :・・・付き合ってたって言っても、短い期間だったし、わざわざ言う必要ないかなーって思ってたんだけど・・・。
一美 :別に怒ってないよ。何年も前のことだし、気にしてなかった。だけど・・・。
良平 :だけど?
一美 :4月になって、良平の補佐役が美和子になってから、だんだんそれが気になるようになった。
良平 :・・・
一美 :良平が、仕事で遅い時、一人で家で待つ時間が、苦痛でしょうがないの。私、嫌なんだよね、良平が美和子の隣で仕事したり、一緒に出張行ったりするのが、もう耐えられない!
良平 :一美・・・
一美 :菅井、馬鹿じゃないの?何で元カノと組ますのよ!
良平 :それは、今新人ばっかりで塚本さんにやってもらうしかなかったんだ。
一美 :分かってるよ!そんなの
良平 :塚本さんとはやましいことなんてないから
一美 :それも分かってる!
良平 :今回の事は上が決めた事だから、俺はどうもできないんだよ。
一美 :だからよ。
良平 :え?
一美 :だから妊活しようと思った。
良平 :どういう事?
一美 :子供が出来たら、良平も、もうちょっと早く帰ってきてくれるかなって・・・周りも気を遣って、連休に出張行かせる事もなくなるかなって、
良平 :・・・そんな理由?
一美 :そんなって・・・
良平 :あ、いや
一美 :そんなって事ないじゃん!
良平 :ごめん・・・!
一美 :あんたって、本当、人の気持ちわからないよね!逆の立場だったら?私が元カレと残業したり、出張で同じホテル泊まったりして、平気だっての?
良平 :・・・
一美 :その間、一人でいる時間が、どれだけ辛いか、全然分かってない!
良平 :ごめんなさい・・・
一美 :もういい、知らない!
ベランダに飛び出す一美
良平 :え?おい!
追いかける良平
良平 :(さむっ)おーい、風邪ひくぞ
一美 :・・・
良平 :一美・・・
樹 :(声だけ)奥さーん!持ってきたわよ、これね、アナンダ先生が祈祷したありがたいお水で、今ならなんとイチキュッパーで・・・
良平 :逃げるぞ
一美 :うん
急いで部屋に戻る二人。
一美 :・・・ふっ
良平 :何で笑ってんの?
一美 :分かんない
良平 :(ベランダの方を見て)何だろうな
一美 :ね
笑い合う二人
良平 :俺、補佐役変わってもらうように掛け合ってみるよ。
一美 :え、いいよ
良平 :いいから、新人たちの誰かが育ったらそいつに変わってもらうから。
一美 :いいって
良平 :でも
一美 :本当に、大丈夫だから。何か、全部吐き出したら、すっきりした。
良平 :そっか
一美 :うん、良平の事は、疑ってないよ。ただ、やきもち焼いていただけ。
良平 :何だ。
一美 :怒って、ごめんね。
良平 :いいよ。
一美 :・・・もう寝よっか?
良平 :そうだな
一美 :お風呂は、明日シャワーすればいいや
良平 :うん、寝よ寝よ。
一美、寝室へ向かい退場。
良平、くじを見つめる。山になっているくじから一つ引く
良平 :・・・おっ
一美 :ストーブ消しといてー
良平 :分かったー
良平、もう一度くじを見て、にやにやする
暗転
終わり